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羊水発言と深夜放送

品がない女だとは思っていたが、実はバカでもあったんだな。
深夜放送に於ける、今回の不用意な発言に対する世間の怒りはご尤もだ。
しかしそもそも深夜放送のパーソナリティとしての人選が
間違っているんじゃないか?

放送というのは、パーソナリティによって番組の質が左右される。
ラジオという、受けて側の聴覚にしか頼るものがない放送形態には
格別、送り手側の質がより多く問われると思うが、
特に深夜放送ほど、パーソナリティのスキルに依存する放送は
ないのではなかろうか。

昔、深夜放送は、みんなが寝静まっている深夜の僅かな時間に
許された、妙な孤独な自由感を味わうものであった。
深夜という特別の時間に、まるで秘密の話を聞いているように、
孤独に他人の様々な経験や考え方を共有できるところに、
深夜放送の楽しさがあったと思う。

そして当時の深夜番組のパーソナリティを務めた人々は、
リスナーの投書やら世間の話題に対して、自分の個性を
ちらつかせながら、見事な語り口で聞かせてみせ、
その切り口の明快さ、斬新さ、面白さ、そして思慮の深さ、
投書した人間の心情を上手に聞き手に伝える術、つまり、
一個人の体験を、リスナー全員の体験として具現化し、
同じ感情に浸すことができる話術をもっていたから、
深夜にも関わらず、夢中になってラジオに聞き入って、笑ったり、
怒ったり、時にはホロッと涙が出たりしたのだろう。

昔、俺が夢中になって聞いていた、谷村新司&バンバンのヤンタン
(ヤングタウン)・鶴光のオールナイトニッポン・西田敏行や、
野沢那智、白石冬美のコンビによる「ナッチャコパック」と呼ばれた
パックインミュージックなど、これらの方は、タイプは違えど聞いている人を
色んな感情に沸き立たせる名人だったと思うし、
人生経験豊富な人だったから、その語る内容に重みもあったし、
説得力もあったから、より面白かったと思うんだ。

ところが、世の中の価値観が変わり、時代も変わった。
深夜という時間帯が昔のように、閉ざされた神秘的な時間では
なくなってしまった。
昼間同様の生活を深夜でも出来る世の中になった。
24時間、眠らない世の中になってしまったんだ。
結果、深夜放送自体の存在意義も薄れ始め、パーソナリティの個性で
聞かせる深夜放送から、単に人気アイドルなどをパーソナリティに起用し、
リスナーを確保しなければならない状況になったのが、現在だと思うんだ。

現在でも、伊集院光のように面白い放送をしている人も
現存するけれども、しかしそういう人は少数派に追いやられてしまい、
もう、リスナーの感情の琴線に触れるような手腕を持つ人がゾロゾロ居た、
昔の深夜放送界ではなくなってしまった。
今の深夜放送のパーソナリティは、放送中、単に、思ったことをしゃべっている、
マイクの前で雑談している状態に過ぎない人が多いのではなかろうか。
こういう背景があって、今回の不用意な倖田 來未の羊水発言問題が
起こったのだと思う。

深夜放送の質の衰退を、時代の流れで済ませていいのだろうか。
今の時代、心の豊かさが、あらゆるものから、一つ一つ失われて
いっているような気がする。
人の心は薄っぺらいものになっていくばかりだな。
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