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義父逝去す。


享年69歳。
しかし、実際年齢は67歳。

義父は糖尿病を患い、長年に渡り人工透析治療を
続けていた。
しかし、徐々に末梢血管が石化してゆき、血が体の隅々まで
行き渡らなくなり、結果、足先が壊疽の寸前という状態にまで
症状が悪化した為、血のめぐりをよくする為のバイパス手術を
実施した。
義父の心臓も相当弱っており、大変困難な手術と医者からは
言われていたが、手術はなんとか成功。
しかし、弱り切っていた体に長時間の手術は負担が重過ぎ、
術後、一時心肺停止の状態となった。
この時点で自分は危篤との連絡を受け、05/26午後6時過ぎ、
雨の中、岡山からすぐに大阪へ向かった。
病院に到着してみると、奇跡的に危篤から持ち直して
低飛行ながら、症状は安定していた。
しかしいつどうなるか分からないので病院で一晩を過ごしたが、
朝10時には血圧も80から100まで回復したので、
義母と義弟には一時帰宅してもらい、自分と妻だけ病院に残った。

しかし大きな問題が残っていた。
義父は手術前から人工透析を実施していない。
毒素が体に回るので、人工透析の実施を迫られていたんだ。
人工透析は体にかなりの負担が掛かるのは分かっていたので、
医者も時間を掛けてゆっくりやるという方法で実施をしたらしい。
が、それでも人工透析を耐える力は残っていなくて、
あれよあれよという間に状態は悪化し、待機していた自分たちが
呼ばれた時はすでに心肺が停止してしまっており、
心臓マッサージを実施している状態だった。
医者はあれこれ言いわけをして、もうこれ以上マッサージを
続けても意味ないから、もう結構ですって早く言ってよみたいな
雰囲気だったが、義母と義弟、そして妻は実の父親だから
当然諦めが着かないから言えるはずもなく、もちろん自分だって
とても辛かったが、仕方なくもう義父さんを逝かせてあげようと
義弟に声を掛けた。その言葉を受けて、医者がもうよろしいですねと
義母と義弟に蘇生措置の中止許諾を確認し、義父の死は確定した。
05/27 午後1時16分だった。
医者が危篤状態を告げて来た時、やっと死から立ち直ったばかりなのに、
なんでもっと人工透析の実施をせめて夕方まで待てなかったのか、
「判断ミス」という言葉が頭をよぎったが、言っても仕方ないので
言わなかった。。

その後はもう本葬までドタバタで、遺体が家に帰ってきて、
葬儀屋と相談して手配した和尚さんがやってきて
枕経を上げるのを見届けた後、葬儀の身支度をしに岡山へ帰宅。
次の日また大阪へ行き通夜、その後線香の番をしながら夜を明かし、
05/29朝10時から本葬をこなした後、台風の中高速を飛ばして
夜の8時過ぎにヘトヘトになって帰宅した。

義父は物静かで言葉が少ない人だった。
いつも微笑みを絶やさず、言いたいことも堪えて、
他人への気遣いばかりする方だった。
礼儀、謙譲、多くの美徳を備えていた素晴らしい方で、
妻の実家ながら、自分が大きな顔をしていられたのも、
今思えば、こんな義父の寛容さに甘えていたんだと思う。
自分に出来ることは、仏壇に墓に線香一本供えるよりも、
義父から頂いた大切な妻を生涯大事にすることと、
夫に先立たれてしまった気の良い義母を出来る限り面倒を
見続けることこそ、亡き義父への一番の供養と信じる。

義父よ、本当にありがとうございました。
たった6年ほどのお付き合いでしたが、寡黙なあなたから、
父親として、家長として、そして一個の人間としての在り方を
言葉ではなく行動と姿勢から大いに学ばせて頂きました。
教えて頂いたこと、終生忘れず、あなたのように、
真面目に、正直に、感謝を忘れず、一生懸命生きていきます。
私がそちらに行った時、「ようやった。」と一言だけでも、
寡黙なあなたからお声を掛けて頂けるように頑張ります。

どうか安らかに、そして私たちを末永く見守っていてください。

本当にありがとうございました。
そして本当にお世話になりました。
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今の時代にBCL。


先日、RF-2200を手に入れて以降、
アンテナ分配機やら、ICF-SW-7600GRの音が貧弱なので、
抜群のCPで大人気のPC用スピーカー「R1000TCN」の黒Ver.を
運良くドスパラで購入出来、また「AIS ジャガジー デスク ロータイプ
JG-105DL」 という座卓をも購入し、受信機・スピーカを設置した。
こうしてメインがICF-SW-7600GRで、サブは30年前のラジオ、
ICF5900・RF2200・RF1150という、もちろん、30年前なら豪華絢爛な、
しかし、今の熟練先輩達に比較すれば、BCL初心者丸出しの、
貧弱で小規模である私のシャックは完成をみた。

シャック

さて短波を使った日本語放送については、多くの国はネットで
番組を配信した方が、短波を利用した番組配信よりも色々と
メリットが多い為に、日本語放送を廃止してしまい、現在海外の
日本語放送は年々縮小の一途を辿っている。
今現在、日本語放送を継続しているのは共産圏の国か、
キリスト教がらみか、東南アジアの発展途上国という状況だ。

当時、BCLがブームになったのは、当然ネットは無くて、
海外旅行も一部の金持ちに限定されていた時代にあって、
国を名前は知っているが、その国がどういう文化で
どんな景色の国なのか、どんな文化風習を持っているのか、
未知なる世界への憧れと興味から、外国から日本を目指して
飛んでくる電波をキャッチすることで、容易にリアルタイムで
様々な情報が聴覚的に得られ、まだ見ぬ世界の国々を
その聴覚的情報から脳内で想像するというクリエイティブ的な
要素が大きな魅力だった気がする。
(もちろん、QSLカードが貰えるということも大きな要素であったが、)
当時短波はまさに自分と世界を繋ぐ大切なツールであったわけだ。

しかし時代は流れ、ネットが爆発的に普及し、情報が一瞬にして
世界中を飛び交い、海の向こうの国の情報もネットを使えば、
より簡単に、より正確にインパクトを持つ視覚的な情報として
取得できるという便利な世の中になった以上、
短波を使った放送を送信する、或いは受信する意義が廃れ、
短波放送そのものが衰退してしまうのも自明の理であろう。

そんな中で今でもBCLをやってる、或いは復帰している人というのは、
ひとつは自分のような昔のアナログ機を操りながらノスタルジックな
気分に浸るタイプか、受信機、或いはアンテナを改造或いは
自作したり、太陽の黒点に影響される電波の伝播状況を
研究等したり、あらゆる努力をしてアフリカや南米の珍局や難局、
そして海賊局の発見・受信を試みる「DXハンター」タイプだと思う。

昔は良かったなぁ、ラジオ・オーストラリアにドイチェベレ、
BBC、色んな日本語局が目白押しで、特に20時からどの局を
聴くか悩んだなぁ。なんて感慨深く思いながら、SW7600GRなら
プッシュボタンを押すだけで即受信できるところを、ICF5900や
RF2200でマーカーを使ってのアナログ読みを楽しんでいる自分は、
間違いなく「BCL郷愁派」なんだよなぁ。
いや、30年前のBCLラジオに激しく興味をそそられる自分は、
BCL郷愁派ではなく、BCLラジオ郷愁派と呼ぶのが
正解なのかもしれないね。

スピードと利便性のみを追求し、プロセスが高速化し答えがすぐに
出てしまう面白みのない世の中になってしまった中で、
敢えて不便性を楽しみ、達成までのプロセスを楽しみたいという心境は、
今のスピード社会に対して、本当にこれでいいの?という、
ぼんやりした拒否感が、昔のスローな時代を懐かしむ行為に
走らせているのかもしれない。
これは自分の趣味のBCLに限ったことではなく、昔の生活スタイルに
憧れて敢えて昔の物を使うとか、昔の動作を楽しむとか、
田舎での生活に憧れる人が増えている等の事実は、多くの人が
一部の人に操られて加速する社会に対して、ブレーキを掛けたい
心境になっている査証と捉えると納得できるものなのかもしれないね。

みんな本当はそれほど便利で速くなくてもいいんだよな。
人間らしくのんびり生きたいんだね。
俺たちは機械じゃないんだから。

ウクレレ教室 90回目(たぶん)


最近、ネタは色々とあるのですが、落ち着いて書いてる暇がない。
で、そのうちネタも古くなって結局書かなかったということが
最近多いので、防備録としてネタをちょっと羅列しておこう。

①大阪行って来た。そしてご飯を食べた。
②カマカが帰ってきた。→終了:05/23に書きました。
③総社と久世の美味しいお店。
④BCLの話題
⑤母親の癌のこと。

とまあ大した内容ではないが、これだけのことを
先週までに書こうと思って書きそびれた。
今日はレッスンと話題②について書きます。

昨日の朝は土砂降り。
街全体で溝掃除の予定だったので、5時には起きて
作業服に着替え待機をしていた。
今年我が家は、組内の総代になっているので、
雨で中止なら中止と組内に連絡しないといけない。
06:30に中止が決定されたので組内に電話連絡の後帰宅。
朝ご飯を食べて、横になったがもう寝られない。
妻がウクレレのレッスンに行くついでに古着を売るというので、
2年間着ていない服を躊躇なく袋に詰める作業を手伝う。
冷徹にさっさと見切りを付けていく妻。
これでなければ家は使わないもので溢れ、
ひとつも片付かないから仕方ないが、自分には出来ない芸当だ。
なんて妙に感心していると、と、俺の衣装ケースに妻の手が。
あーー、俺はいいからと言ってみたものの無駄な抵抗。
彼女から見て俺に似合わない服、最近着ていないと判断される服を
勿体なげもなく袋に詰める。
あー、それは高かったんだ、とかほとんど着てない服とかあり、
ちょっとだけ抵抗したけど無駄だった。
やがて大きな袋詰めが3つ出来、それとウクレレを車に載っけて
レッスンへ出発。
昼食は総社の「フォルケッタ・ギ」というこじんまりとしたイタリア料理店。
この話は話題③になるから近日別に書きます。

さて昼食後、レッスンへ。
ちょうどアイちゃんも着いたとこで、すぐにレッスン室へ入る。
さて今日のレッスンに自分が持ち込んだのは新生「カマカ-Tiki」。
そうカマカ本社に修理に出していたものが1年も予定を早く
戻ってきたんだ。
妻は久々にセニーザ・パイナップル。
母の具合が悪いとか、色々と用事がある彼女は今回のレッスンで
しばらく休止をすることになっており、今回は初心に帰るつもりで
セニーザを選択したんだ。
セニーザ・ウクレレは現在制作されておらず、今となっては
貴重品だ。

さてレッスンは発表会の曲、「クレイジーG」と「涙そうそう」だ。
「クレイジーG」なんてウクレレを始めた頃に自習してた曲だから、
そう難しくはないんだけど、以前書いたように親↑小↓人↓の
3連を取り入れてるので、それが難しい。
チャチャチャときちんと3つの音がきちんとダンゴにならずに
聞こえるように弾かなくてはならないが、これが意外に難しい上に、
激しくスクラッチ傷が付く。
前回のレッスンでは先生はまるで忘れたかの如く、3連演奏を
言わなかったので止めたのかなぁと思っていたら、
今回は復活。うへっ、仕上がったばかりのカマカに傷が付くのは
嫌だなぁと思う自分はプレイヤーではなくコレクターの心境。
が、今回は昨日短く切ったばかりなので傷は付いていなかった。
今回、先生がクレイジーGを選んだのはひとえにこの3連の
習得の為だろう。
後半は「涙そうそう」。
これはコード弾きなので練習すれば楽勝だ。
過去、ジェイクのコーヒートーク等に挑んできたことを思えば
かなり簡単な内容だ。

さて、その発表会だが、どうしても避けられない用事があるから、
残念ながら自分は参加できない。
が、発表会に出ないからといって練習はサボらないよ。
小さなことからコツコツとやっていくつもり。

レッスン後、妻は休止の挨拶を先生にした。
今後当分、自分独りでレッスンに通うことになるが、ウクレレ道は
まだまだ果てしない。
気負わず、しゃかりきにもならず、のんびりゆっくり頑張っていこう。
そんな感じの方がなんとも緩くて、ウクレレらしくていいじゃないか。

Kamaka-Tikiが帰還してきた。


Kamaka-Tikiが帰還してきました。
というか、4月に無事帰還を果たしていました。
到着した時不在で、不在者連絡票が郵便受けに入っていたので、
日曜日だったけど、郵便局まで取りに行ったんだ。
取りに行って思ったのは、例の関税というか税金の件。

前述のブログで関税が掛ると表記したけど、
ちょっと語句の使い方がおかしかったので訂正しておきます。
楽器は関税は無料で、購入額に対して消費税4%と、
その消費税額に25%掛けた地方消費税の合計額が
課税されることになってます。
私が問題にしているのは、消費税が修理品にも掛けられてしまう
ことに対してです。当然、購入した時点で消費税は
支払っているのだから、明らかに二重課税なわけです。

さて、話続きます。
税金が掛けられていても休日受け渡し口の担当の方では
あまり話が通じないけどなぁと思いながら郵便局へ。
窓口で荷物を受け取る際に800円請求された。
明細書を見ると通関料200円、消費税560円、地方消費税125円の
合計800円。
案の定、しっかりと消費税は課税されている。
しかし、カマカの方がうまく申告額を低めにしていてくれたお陰で、
800円程度に収まっているので、これぐらいの額なら、
税関にクレームをつけたりする時間と手間の方が勿体ないので、
さっさとウクレレを受け取って帰ることにした。

さて持ち帰って早速梱包を解いて、いよいよ久しぶりの
カマカTikiとの対面の瞬間だ。
カマカTikiは1970年前後のゴールドやホワイトラベル時代に
ヘッドにハワイの神様Tikiのレリーフを冠したモデルだ。
なかなかオークションでも出回らず入手困難なウクレレ。

今回の修理はフレットボードの交換と全面塗装のやり換え、
そしてサドルとナットの取り換え、弦の張り直し等である。
早速ウクレレを取り出してみた。
フレットボードは濃茶色の新品に交換してあった。
おそらくローズウッドだと思う。フレットは新品ピカピカ。
そしてナットも交換され以前は白だったが今回は黒。
もともとサドルも黒だったのでこれで色はお揃いとなった。
材質はプラスチックだと思います。
TikiHead
(左修理前 右修理後)
そしてなにより全体の塗装。
以前はなんとなくテカテカした感じだったが、今回の塗装は
あたかもサテン仕上げのようなナチュラルな感じの塗装に
仕上がっていた。個人的には以前よりもいい感じだと思う。

さて音色なんですが、修理に出す前と比較してみたものの
音の違いはないと思えた。
さて、カマカが戻ってきたことで、やっとウクレレが勢揃いしたが、
今後、フレット音痴気味のセニーザと表板に傷がついてしまった
ロプリンジのカスタムテナーの修理が残っている。
あれこれお金の掛ることだが、趣味だから仕方がないか・・。

クーガ2200(RF-2200)


クーガ2200とはパナがスカイセンサー5900の対抗馬として
発売したアナログ機の傑作だ。
今更ながら、そのスペックを確認してみると、マーカーを使用した
直読機能はスカイセンサー5900と同様だが、フイルムダイヤルの
スケールが完全な等間隔であるとか、スプレッドダイヤルも1回転で
1MHzという設計になっているとか、随所に工夫がみられる。
ラジオのチューニングを合わせるという行為を存分に楽しめる
設計になっているようだ。
これなら当時のBCL少年が夢中にならぬわけがない。
が、自分は先日述べた通り、スカイセンサー5900を有していたので、
クーガ2200は縁遠い存在だった。

最近、またまたラジオ熱が上がってきたとこで、
よくオークションを見るけれど、先日、RF-2200の美品が出ていた。
30年以上も前のラジオだが傷も痛みもほとんどない。
出品者さんは簡単な整備と清掃はしてくれているらしい。
整備については、中途半端に詳しい人が修理や手入れをしてしまうと、
本式の修理をする場合に余計に難しくなる場合があるようで、
この辺りはネット等で出品者に対する情報を入れておくべきだし、
オークション購入品を修理に出す場合、修理してくれる業者も
よく調べておくべきだ。

さて、出品されているRF-2200だがやはり注目度が高く、
入札状況をぼんやりと眺めていたけど、誰かに取られるのが
なんだか口惜しい気がして入札に参加してしまい、あまり買う気は
なかったのに、気が付いたら落札してしまっていた・・・・。

rf2200auction
( RF-2200 Btypeだったら嬉しいけれど、未確認です。)

落札後、軽率さに激しく後悔したが、2日後、出品者さんから送られてきた
現物を見たら、その「後悔」も吹っ飛んでしまった。
まず、美品である。そして高級感がある。操作するのにワクワク感がある。
感度も抜群。一発で気に入ってしまった。
このラジオが何故今現在でも評価が高いのか納得できた気がした。

しかし、こんなにラジオばかり仕入れて、どのラジオを何時、
どんな時に使うのか考えなくちゃ、ラジオが可哀想だ。
とりあえず短波はSW-7600GRとRF-2200で、
ICF5900は音がいいのでSWとFM兼用。
そしてRF-1150は会社に持って行って使おうかな。
後はアンテナだなぁ。
ΔLOOP9に興味あり。自作用アンテナで結構性能いいみたい。
しかし自分は電気工作の経験はほとんど無し。
回路図も読めない。
知り合いの電気屋に頼もうかなぁとぼんやり考えてます。

シャックの話


「シャック」という言葉を初めて見聞きしたのは、BCLに夢中に
なっていた少年時代。
当時、スカイセンサー5900に押されて、やっとパナソニックが
対抗機種のクーガ2200(RF2200)を発売したと同時に「シャックを創れ。」
というキャッチフレーズを用いて、大々的に広告を打ち出した時だ。

「シャックを創る」というのは自分なりの解釈では、受信機・アンテナ・
そして録音機やカップラーなどの補助設備に加えて、デスクや
照明設備をも含む、快適な自分の受信環境を構築するという
意味だと捉えているし、当時もぼんやりそんな感じなんだろうなぁと
感覚的に思っていた。
そして「シャックを創れ。」の広告については、RF2200の他、RF2200と
同時にパナソニックが発売したシステムラック・ヘッドフォン・スポット照明・
時計・録音機等を設置したシャックに居る、海外のベテランDXerの
ヨゼフ・ナジ氏の画像を掲載していた。

シャック

今、この画像を見れば単に書斎にRF2200を置き、パナソニックが
発売したシャック構成製品に囲まれてます程度のものなんだけど、
広告の中の橙色に照らされた薄暗いシャックに当時のBCL少年たちは
憧れ、RF2200とパナ製のシャック構成商品を揃えるのがブームになった。
RF2200は性能もスカイセンサー5900に負けず劣らず、或いは
後発ゆえに若干性能は上かもしれないけど、とにかく素晴らしい
完成度を誇る受信機であったから、元々評判は良かったが、
「シャック」のイメージが重なって売り上げは相当倍増したはずだ。

自分としてはICF5900があったからRF2200を手に入れられる訳もなく、
当然、パナのシャック構想に乗るわけにもいかなかったし、
リグがICF5900で回りはパナソニック製というのも納得いかなかったし、
SONY派としてもパナソニックのシャック構想に乗るわけにはいかなかった。
ただ、いいなぁ、こういうイメージの環境でBCLをやりたいなぁとは
思ったが、現実は勉強机の上にICF5900と録音機を載せただけで、
後は屋根に張った逆L型の外部アンテナが自分のシャックの
全てだったし、それ以上望めるはずもなかった。

さて、それから月日は流れBCLに復帰した自分。
シャックといっても、ホームセンターから買ってきた板を
LWH=80x40x45程度の板をカットし、それに足を付けた
簡単な座卓の上にICF-SW-7600GRとICF5900、RF1150、
ICレコーダーを載っけているのみだ。シャックというには程遠い。
先日、RF1150をオークションで落として以来、
机が狭すぎて、ちょっと大きな机を買いたいと妻に申し入れ、
やっと許可を頂いたのがこれ。
desk
エイ・アイ・エス AIS ジャガジー デスク ロータイプ
最安送料込、5,800円。
まっ、自作の机からちょっと高級感は増した。

座卓に据えたラジオのちっぽけな空間。
これが今の自分が構築できるシャックの限界です。
昔のあの頃より確実に環境は悪化している。
が、今はもう形に拘らないから気にしない。
受信設備があって、ラジオが聞ければそれでいいのだ。
しかし将来はウクレレとラジオと本に囲まれて、PCもある
自分のシャックというか書斎のような空間が欲しいとは思うけどね。

「シャックを創れ。」

これが本格的に実現するには、自分にはまだまだ月日が
いりそうです。

クーガ115を手に入れた。


クーガ115をオークションで手に入れたんだ。
BCLに夢中になってたあの頃、頑固親父を説得して
やっとスカイセンサー5800を手に入れた頃、
そのスカイセンサーの対抗馬として人気があったラジオだ。

RF1150
((RF1150 見事なデザイン。 無機質の美を感じます。))

もちろんスカイセンサー5800があるので、クーガー115も
所有するなんていう贅沢はあり得なかったし、当時、やっと買って
もらえたスカイセンサー5800でさえ20,800円だったのに、
それを上回る26,900円という価格は子供の自分が買える
値段でもなかった。
自分には縁が無かったラジオだと諦めてはいたが、
115に対する憧れは我慢できず、ただもう毎日、学校帰りに
複数の電気店に寄っては見て触るを繰り返していた。

クーガ・シリーズの特徴はやはりジャイロアンテナだ。
通常ラジオに内蔵されている中波を受信するフェライトバー
アンテナをラジオの上に取り出して付けたものだが、
回すとカチカチという音がして格好いい。
RF1150-catlog
((当時のカタログ。ジャイロアンテナに注目。))
とくにクーガ115は、ラジオの全面が高級感漂う銀色に輝き、
銀縁・黒色16cmのスピーカーに黒色のつまみ類と、
銀と黒のコンストラクションが絶妙な美しさを醸し出し、
バンド切換えの表示穴が緑色なところもとても綺麗で、
30年以上経った今でも十分に通用する程のデザイン性を
有していたから、BCL少年の間では相当人気があった。
確か当時通産省のグッドデザイン賞も受賞していたはずだ。

RF1150-2
((緑色のバンド表示とメーター。 美しいです。))

いつしかBCLも下火になり自分も興味が失せて、
そのまま月日が流れていった。
近年、BCLの神様山田耕嗣氏が2008年8月19日に逝去されたという
報道が為されたとき、日本全国のかつてのBCL少年が目覚め、
静かに第2のBCLブームが沸き起こった。
自分もその一人であって、最初に買ってもらったスカイセンサー5800は
親父に壊されて失っていたが、その5800を用いて応募した
SonyBCLジョッキーで運よく当選したスカイセンサー5900が
ずっと手元にあったので、ラジオ工房さんに修理して頂き、
やはり感度と安定度の面で歩がある最近の受信機が欲しくて、
ポータブル受信機としては評価の高かったICF-SW-7600GRを入手。
そして今回、ついにあの憧れのクーガ115を手に入れたんだ。

クーガ115は最近の7600GRに比較すれば当然ながら感度が悪い。
が、なぜ自分がこのラジオを手に入れたのかと言えば、
これはBCL受信機として期待してではなく、ただ単に所有する喜びを
満たす為だ。それほど昔から憧れて欲しかったラジオだったんだ。
とりあえず毎日聞いてます。
いじるのがうれしくて、意味なくジャイロアンテナをカチカチ
やってしまいます。
クーガ115の音質は明るい乾いた音。
ちなみにスカイセンサー5900はキャビネット全体が
振動し、重厚感がある音。
自分としてはスカイセンサー5900の方が音は良いように思うが、
そんなことは自分にとってはどうでもいい。
とにかく受信するだけで、そして操作するだけで嬉しいんだ。
ちなみにざっと居間でロッドアンテナ立てて短波を探索していたら、
サクッと台湾国際放送が受信できた。
はい、もうこれで十分。傷もほとんどない状態の良いクーガー115が
手に入って、嬉しい毎日を過ごしてます。

さて実はもう一台、手に入れたいかなとぼんやり思っている昔の
BCLラジオがあるけれど、そいつについてはまた後の話としよう。

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Author:kazu
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